憲法の「ケ」の字も:東京新聞

『理想と現実』


 5月5日、東京新聞のコラム、『ひろさちやのほどほど人生論』だ。


 『バスの停留所で、老人が持っていた杖で時刻表をコツコツと叩きながら、「この時刻表によると、バスは15分前に来ているはずだ。時刻表通りに来ないバスであれば、こんな時刻表は不要だ!」と大声で怒っていました』という、実際にあった逸話から話が始まる。
 これに対して、連れ合いの女性が、『でもね、おじいさん、その時刻表がないと、バスがどれぐらい遅れているかわかりませんよ』と答えたのだとか。


 もうひとつ、これは作り話だが、別の寓話が語られる。
 ある気象予報士が、明日は晴れると予報したにもかかわらず、土砂降りの雨になった。
 するとその予報官は、こう言った。『この天気図によれば、絶対に雨が降るわけがない。だから、降っている雨がまちがっている』のだと。


 ふたつの「笑い話」を枕に、ここでは理想と現実が語られる。
 宗教評論家の肩書きをもつ、ひろさちやさんは、仏教における重要な教えは「競争するな」であるのに、現実世界は競争に満ちているとしながら、『だからといって、仏教の教えがまちがっているのではありません。わたしたちは言うべきです。「競争原理を賛美する、現実の政治がおかしい。現実がまちがっている」と』という。


 ここになにを読むか。
 憲法記念日の直後だからというわけではないが、やはり国家の交戦権を認めず、武力による紛争解決を認めないと定めた日本国憲法ではないだろうか。


 渋滞に巻き込まれがちなバスについて、『時刻表通りにバスが走ろうとすると、確実に交通事故が起きます』として、『だから、焦らなくていいのです。遅れたままでもいい。しかし、理想を捨ててはいけません。理想がないと、現実がまちがっていることに気付きませんから』と締める。


 このコラムに、「憲法」の文字は一度も出てこない。
 しかし、このゴールデンウィーク中になされた、幾多の「憲法論議」のなかで、ほぼ唯一、記憶に残る一文となった。