過ぎたるは:朝日新聞

『手話で出資話 福祉会社社長を逮捕』


 2月14日の朝日新聞だ。


 『手話を使って耳の不自由な人たちから金をだまし取ったとして、警視庁と山梨県警の合同捜査本部は14日、(中略)小林洋子容疑者(55)ら3人を詐欺の疑いで逮捕した』とのこと。
 被害総額27億円というから、事実なら、かなり大掛かりな詐欺事件だが、『被害者の多くは「手話を使う人は善意の人だ」と信じて』いたという。
 小林さんの兄が聴覚障害者だということで、ここでいう手話は、「日本語対応」ではなく、ネイティブのろう者が使う「日本手話」だったと推測できる。だからこそ信じた人が多かったのだろう。
 しかし、それにしても、解せないのは、この記事の記述だ。


 被害にあい、小林さんらに何度も返金要求してきたという60代の夫婦は、取材に対して、『「告訴してから、これまで長かった。とりあえずほっとした」と手話通訳士を通じて答えた』という…。


 じゃあなにか? 『オシム監督は、「ライオンに追われたウサギが肉離れを起こしますか」とセルボ・クロアチア語通訳者を通じて問いかけた』とでも書くんですか。
 さらに、この記事は、被害者から相談を受け、自身も聴覚障害者だという山梨県職員のコメント、『「逮捕は当然です。(手話で)人の気持ちをつかむやり方は、絶対に許せません」と通訳士を介して答えた』という文章で締めくくられている。
 くどいですけど、『ジーコ監督は、「わたしなら一人でできた。なのに、日本人は全員でもできなかったのでトルコへ行く」と通訳者を介して答えた』と書くとでも?


 通訳を介して答えたのは事実だろう。
 しかし、それを書く必要があるのだろうか。
 ろう者が「〜と語った」とか「〜と話す」と書くと、「おいおい、ろうあ者は話したり語ったりせんじゃろ」というツッコミが読者からあるのかも知れない。
 しかし、「ろう者」は、「ろう=耳が聞こえない」ではあるが、「あ=話せない」ではない、という主張を持っている。であれば、くだらないツッコミをする読者には、「ろう者は話すんです」「もちろん語ります」と答えれば、それでいいではないか。


 過ぎたるは及ばざるがごとし。この言葉を、「いい記事」を掲載した朝日新聞に贈りたい。